【4/2】世界の人権を考える

人権を説明する場合、思想や感情に委ねるのではなく、既に認められた、存在するもので説明することがとても大事です。

ところで、世界人権宣言は、人権および自由を尊重し確保するために、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」を宣言したものであると、外務省のホームページに記載されています。1948年12月10日に第3回国連総会において採択されたのですが、勝戦国の集まりである、国連が採択したところに、若干と言いますか、相当違和感を覚えますが、今日はスルーして、第一条のみを検討してみたいと思います。

第一条
すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。

今日のブログでは、”授けられており・・・”というくだりです。
誰によって授けられているのでしょうか?

この質問に答えられる方は、次の日本語を英作文する際、きっと違和感を感じると思います。(感じて欲しいです)

私は日本に生まれた
中学校の英語の先生は、何のためらいもなく
I was born in Japan.
と教えます。
be動詞+過去分詞なのに、日本語は、通常の過去形の文章です。とっても奇妙ですね。

これらを踏まえて、私たちは、誰によって授けられ、誰によってこの世に生まれたのか、深く考えてみると、深い歴史の事実と、その歪みや矛盾に気が付き、忘れていた大切な何かを、明確に理解することができると信じます。

このような疑問を疑問と感じられ、何かをお知りになりたい方は、サーキットで出会った際、お気軽にご質問ください。

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