【8/25】玉音(ぎょくおん)放送を考える

本月は、終戦の月です。連合軍にとりましては勝戦の日ですが、一般的に敗戦の日ではなく終戦の日と言われています。この理由はとても深いので、別の機会に整理したいと思いますが、その終戦の日に放送されたのが、玉音放送です。しかし、戦後のテレビなどでは、その一部分のみ繰り返し放送され、一般的には「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び・・・」の部分ばかり強調されてしまいました。印象としますと、戦争に負けて悔しい、苦しい、悲しい、本当に耐えがたいものだった、と印象付けられてしまっております。

そもそも、玉音とは、天皇陛下ご自身のお声のことであります。そして、その玉音が全国民へお声を放送でいただいたのは、専門の学者の集計では、これまでの歴史で3回のみであったとされます。例えば、国会の開会宣言は国会議事堂の中の議員に向けたものであり、国体などのでのお言葉は、その会場にいる選手達へのお言葉ですので全国民へのお言葉ではありません。一つが終戦の時、二つ目が東北地方太平洋沖地震の時、そして三つ目が象徴としてのお務めについてのお言葉となります。

本日は、初めての玉音放送である終戦のお言葉について整理させていただきたいと思います。原文はお調べいただければと思いますが、ここでは現代語に訳させていただきたいと思います。

はじめに
「朕は、深く世界の大勢と帝国の現状をかえりみて、非常の処置を持って事態を収拾しようと考え、ここに忠実にして善良なる汝ら臣民に告げる」

ここで「非常の処置を持って」と言われているのが、非常大権のことと考えてよろしいと思います。これは、大日本帝国憲法の中に限定的に書かれたものと考えられていますが、現在のアメリカ合衆国は、アメリカ大統領のみ非常大権を有しています。それはその時のあらゆる法律などを無視して、一気に行動できるというようなもので、国民主権という原則があろうとも、誰かの権限がなければ先に進まない状況で行使されるものです。つまり、陛下がすべての事態をお収めになるご決断であることがお言葉に表れております。

次に
「先に米英の二国に宣戦した理由も実に帝国の独立自存と東アジア全域の安定とを希求したものであって海外に出て他国の主権を奪い、領土を侵略するがごときはもとより朕の志すところではない」

日本には全く侵略の意図はなく、あくまでも植民地支配されていて奴隷のように主権を一切認められないといったような東アジアの人々を自分たちの国というものを改めて築いてもらい、そしてお互いに対等な関係を築きながら、経済的にも、あるいは文化的にも繁栄していく決意で戦争が始まったと述べられております。

さらにこの終戦のご詔勅の中では、戦火を負った人たち、とくに戦傷を負った人たち、あるいは家も土地も職場も失った人たち、健康や生活の保障がされなくなってしまった人たちに対して、深く憂うるとことであると述べられております。日本がGHQに占領された後、昭和20年から昭和27年まで戦傷者への恩給は一切払われませんでした。GHQの考え方は日本軍は存在しなかったと考えましたので、理論的に、戦傷者は存在しないという考えのもとの判断と思われます。

そして、現在の私たちへのメッセージがとても重要な部分で、一番最後に述べられているお言葉です。

「もし、事態にさからって激情のおもむくまま事件を頻発させ、あるいは同胞同士で排斥しあい、互いに情勢を悪化させ、そのために天下の大道を踏みあやまり、世界の信義を失うがごとき事態は、朕のもっとも戒めるところである。そのことを国を挙げて各家庭でも子孫に語り伝えなさい。そして神国日本の不滅を信じ、任務は重く、道は遠いことを思い、持てる力のすべてを未来への建設に傾け、動議を重んじて、志操を堅固に保ち、誓って国体の精髄と美質を発揮し世界の進む道に遅れを取らぬよう心がけなさい。汝ら臣民、以上のことを朕が意志として体せよ」

以上です。

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