【6/3】私たちが学んだ歴史学について考える④-3:鉄器の出現

前回は、現代社会の構成要素としての宗教を整理しました。強いものが正しいという解釈が、その後の戦争の火種になり、案の定、世界大戦へも発展してしまいます。戦争は、この哲学的理論がもたらしていると判断してよいでしょう。細かい戦争や、それ以前の戦争は、ガキ大将の大喧嘩のようなものであり、例えば、江戸と大阪の戦いでも、負けた地域の一般庶民を奴隷にすることはしませんでした。従って、日本のお城は小さくていいのですが、ヨーロッパはそうはいきません。市民も避難させなければなりませんから城壁で囲まれた面積や建物は大きくなります。日本のお城がなぜ小さいかというのは、日本人は、基本的に平和路線なので、多神教でも、例えばイスラム教の方たちがいらしても、あるいは、お寺の中に鳥居があっても、それほど違和感も感じませんし、ましてや紛争を起こすようなことは絶対にありません。

今回は、鉄器の出現について整理します。これまで、アーリア人の大膨張、宗教の成立によるだけでは、現代社会への礎を整理することはできず、やはり、青銅器から鉄器に変わったことで、それら2つの要素と重なって、大きな世界規模の変化が生まれます。青銅は、腐食は少ないのですが、農具や武器には、やはり鉄の方が向いています。従って、青銅は偶像に使われたり、立派な建物の建材として使われたわけで、鉄器は、農具や武器に適していたわけです。そして、鉄器により生産が増え、人々は今までと比較して、安易に大量の食糧を手にすることができ大変良かったのですが、そうしますと、暇な人が出てきます。つまりものを考えたり、貨幣を作ったり、規範を作るだけの人が出てきたりして、いわゆる、現代社会とほぼ同じ構造が成立し始めるのです。

前記の宗教の発生も、ほぼ、鉄器の出現のころと年代が重なっておりまして、完成された哲学もこのころ生まれます。孔子様や老子様などは、確かに、今日をどうやって生きるか悩むような時代には生まれません。「朋遠方より来たる有り、また楽しからずや」といった言葉は、余裕がなければ生み出すことができません。夢や希望も同じです。話はずれますが、私の息子の教育でも、夢や希望は見せてはいけないという原則のもと幼児教育を行ってきました。余裕を持たせてはいけないからです。その後、今ではプロスポーツ選手になったのですが、さらに、今の方が余裕はありません。今ある戦いに勝利するほか生きる道がないからです。そのことは、私はかなり深く勉強させていただいたつもりだったので、そこは曲げずに、今でも続いております。話を戻しまして、鉄器の出現により、膨張主義の民族は、戦争を繰り返し、そして、世界規模の戦争につながります。第一次世界大戦は、実質は、ヨーロッパ内の戦争に、少しアジアやアメリカが巻き込まれたようなレベルですが、日露戦争や第二次世界大戦及び太平洋戦争は、本当の戦争で掃討戦でした。イランイラクや9・11の報復とは全くレベルが違う規模でした。

まとめますと、アーリア人の膨張主義、宗教の成立、鉄器の出現により、その結果、世界の半分はアーリア人が支配しましたが、現実には、それ以上で、以下の分類でで世界地図を色分けすると驚くと思いますのでご自身でチャレンジしてみてください。
・アーリア人が住んでいるエリア
・アーリア人によって支配、植民地となったエリア
・アーリア人に寝返ったエリア
・それ以外の独立した国
上記で色分けするとすごい事実がわかります。つまり、独立した国は、エチオピア、シャム(タイ王国)、日本だけとなります。エチオピアは、疫病が酷く、アーリア人の方々も入れなかった、シャムは外交が大変上手で、何とか中立を保てた。これは、映画「王様と私」をご覧になれば理解できます。支那(中国)は、周りを取られながら、白人側へ寝返ったので、独立は保ちましたが、完全ではありません。つまり、力のある技術を保有するたった世界で一つの国が日本だけだったという事実を、いまここで、改めて深く整理することが、大変重要であることがご理解できると思います。

歴史には紆余曲折あり、詳細に詰めますと、違って見える現象はたくさんありますが、このブログは、サイエンスとして整理してますので、大きく事実だけを整理すればそれで十分です。大きく整理した方が歴史は理解しやすいという実感が改めて確認でき、このブログを整理しているのが楽しくなってきました。

宮田

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